日誌

2016年7月の記事一覧

「節目」での指導大丈夫ですか。


 1学期もあと僅かとなりました。学校では通知表もほぼ完成し、終業式を迎えるばかりのことと思います。ところで、学級担任の先生は、通知表を子供たちに渡した後、どのような話をして夏休みに入るのでしょうか。そして、子供たちはどう受け止めるのでしょうか。
  毎年夏休みに入ると、子供の事故が発生し、尊い命が失われています。終業式の日にはどの担任も、夏休みには交通事故や水難事故等に遭わないよう注意し、全員元気で2学期が迎えられるよう話しているはずです。なのに、子供の事故は後を絶ちません。事故の話に限らず、学習指導や生活指導等、「節目」となる終業式での担任の話は極めて重要です。
  かつて2学期制が競って導入されていた時期、子供たちが通知表をもらわずに夏休みに入ってしまう「節目」のなさに、いささかの不安を感じていた教師もいたことをご存じでしょうか。通知表は、1学期の子供の努力の足跡を教師が評価し、心を込めて書いたものです。担任はそれを子供たち一人一人に渡し、夏休み中の学習や生活等の有り様(よう)を話します。そこには、1学期の終了と夏休みを迎え、通知表を挟んだ絶好の「節目」の指導があったのです。それができない危機意識が働いていたのです。
 学期だけではなく、子供たちの生活の中には様々な「節目」があります。週や月の「節目」での指導は、平坦に流れがちな子供たちの生活にメリハリを与え、ほどよい緊張感を持たせることができます。その重要性を認識し、毎回子供たちの状況を見て、適切な指導を心がけている教師とそうでない教師では、学級経営に格段の差が出てきてしまいます。
 夏休み中にも大きな「節目」があります。中学校の運動部の生徒は、夏休みの総合体育大会が終了した時点で部活動に終止符を打ち、進路に向けた勉強に本腰を入れることになります。中学校生活を二分するこの「節目」のときに、部活動顧問からの指導は意欲を喚起し相当の効果があります。中学校の部活動顧問は、技術指導だけではなく、生徒指導はもちろんのこと、学習指導や進路指導等、部員の将来を見据えた指導まで要求されるのです。
  他にも、季節や行事の始めと終わり等々、大切な「節目」での指導があります。それらは大丈夫でしょうか。特に現在、新採や若い担任が増えています。今一度、その重要性を確認していただき、どの教師もしっかりとした「節目」での指導をお願いします。

 

信頼される教師

 6月30日(木)に、真岡市教育会と教頭会の合同研修会があり、先生方に話をする機会をいただきました。教職員の大量退職・大量採用の時代に入っている本地区においては、若い教職員を育てることが重要な課題となっています。そこで、平成22年9月発行の「芳広教委だより」巻頭言で酒井前教育長が書かれた「『信頼される教師』再考」をお借りして、4つの求められる教師像をお話ししました。信頼される教師となるための条件でもありますので、ここでそれらを紹介します。
 
 先ず第一に、授業力のある教師です。つまり、どの子どもにも「分かる授業」ができる教師ということです。子どもは誰でも、能力の差こそあれ、授業が分かり、できるようになりたいと思っています。それに応え分かる授業を行うことが、教師としての役目であり責任でもあります。ですから、教材研究を怠り授業がマンネリ化すれば、教師の信頼が落ちるのは間違いありません。
 子どもの学習意欲を喚起し、子どもが主体的に学習に取り組み、一人一人が「なるほど、分かった」と実感できる授業を常に心がける教師でありたいものです。
 第二に、子どもを理解し認めることができる教師です。子どもは誰でも、多かれ少なかれ教師に認めてもらいたいと思っています。しかし、この欲求が意外に厄介です。子どもによっては自分の気持ちを素直に表現できず、大人から見れば不自然な言動をとることがあります。
 例えば、学級で教師を遠巻きに見ていて無視しているような子どもでも、実は声をかけてもらいたいと思っているのです。 子どもの深層心理は複雑で、時として理解し難いことがあります。しかし、子どもは正直でもあります。「私を見てほしい、よさを認めてほしい」と内なるサインを発していますので、それを見逃さない敏感さが教師には必要です。子どものよさをつぶさに見取り認めてあげられるよう、子ども理解に努めてほしいと思います。
   第三に、教育への情熱がある教師です。子どもに愛情を注ぎ、童心を失わず教育愛に燃えているということです。情熱のある教師は、いくつになっても魅力的で生き生きしています。その姿が子どもを引き付けます。
 昨今、教師の多忙化が問題になっていますが、教育への情熱を持ち続け、子どもと一緒に考え、悩み、共に成長できる教師であってほしいと願っています
  第四に、人間性が豊かな教師です。子どもは教師を一人の人間としても見ています。そのため、教師の人間性が子どもの生涯に影響を及ぼすこともしばしばあります。
 教師の言動はもちろんのこと、見方や考え方、生き方までも、子どもは教師をよく見ています。だからこそ、その見方は厳しいときもあるということを忘れてはいけません。一瞬にして信頼を失うことがありますので、子どもの鋭い見方に耐え得るよう、教師の内なる資源を磨いてほしいと思います。